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隣の芝生は青く見える?!いつも他人が羨ましいのはなぜ?(理由と改善策アリ

「隣の芝生は青く見える」という言葉がありますよね。これって誰でも経験したことがあると思うんです。では何故そう感じるのでしょうか。

いつそう感じるの?

羨ましいなと感じる時はいつでしょうか?それは、「人が自分と違う物を持っている時」です。

「あの人は良い会社で働いている」「あの子はとっても綺麗だ」など、自分がもっとこうなりたいという欲求に基づいているように思います。

他人から見れば、自分の「外見」や「持ち物」、「性格」などは逆に羨ましいものかもしれません。自分ではコンプレックスや短所に目が行ってしまいがちなので、なかなかその良い点に気づけないんですよね。

ないものねだり

結局は人ってないものねだりだよね」という話を先日友達と話しました。

私の友達に、オーストラリアに行っては日本が恋しくなり帰国し、帰国したらやっぱりオーストラリアが良かったと渡豪し・・と繰り返していた人がいました。自分と違う環境ってどこかキラキラしているように見えるけど、実際自分が入ってみるとそうでもないんですよね。それはなぜでしょうか?

もう一つ例を挙げますと、私にはブラック企業から比較的ホワイト企業に転職した知人がいます。その人はどちらの会社にいてもいつも会社の愚痴を言っています。内容もあまり変わらないんです。普通はホワイト企業に転職したら少しは良い方向へと変わるはずですよね?

その理由は、環境を変えても自分自身が変わっていないからです。結局どこの環境にいても、自分の気持ちや行動次第を変えていかなければ、青い芝生にはなかなか変わりません。

 

思ったより自分は恵まれている

今が一番最悪な状況に思えても、意外と恵まれていたりするものです。例えば、「両親が生きていてくれていること」、「兄弟でケンカができること」、「毎日何気ない平凡な日常を送れていること」などです。

悲しいことに、人はそれらの当たり前を失った時にしか、自分が恵まれていたことに気づけないんですよね。

でも、自分が辛い環境にいる時に、「もっと辛い人がいるんだ。自分の苦しみなんて大したことないんだ」と思うのはまた違います。悲しみや苦しみは人によって感じ方も違いますし、比べるものではないからです。

 

私は昔先輩に悩みを相談した際に、「もっと辛い人だっているんだよ」と違う人のエピソードを話され、自分の苦しみを否定されたようで、とても傷ついた思い出があります。

自分より辛い人がいることなんて皆分かっていますよね。恵まれない子供たちだって世界にはたくさんいますし、毎日生きていれることだって幸せだということも。

でもだからって、自分の悲しみや苦しみを否定してはいけません。自分は自分、人は人です。まずは「辛い」という正直な気持ちを受け止めてあげましょう。

大切なのは環境ではなく自分を変えること

羨ましいと感じても、他人の人生を生きられるわけではありません。自分の人生をどう充実させていけるかは、自分が変わっていくしかありません。

不思議なもので、自分が変われば環境も変わるものです。環境や周りの人が変わることを期待しても、それはなかなか難しいですよね、他人は動かせませんから。

 

少し口角をあげて、斜め上を向いてみてください。「絶対大丈夫」と声に出してみてください。少し前向きに気持ちが変わりませんか?周りの人に相談するだけではなく、自分で自身を鼓舞(こぶ)してあげましょう。自分だけは、何があっても自分の味方でいてあげてください。

この記事が少しでも皆様のお役に立てれば幸いです。